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さようならバックハウスのベーゼンドルファー 青柳いづみこ演奏会報告


“さようならバックハウスのベーゼンドルファー”シリーズ第3弾。 青柳いづみこさんの演奏会が2月23日に終了しました。 すっきりとした冬晴れの午後。 かねもティーカルチャーホールには、たくさんのお客様が続々とご来場。 皆さんのお顔から、今日のコンサートへの期待の高さが伺える。 壁面には、桑嶋よしみさんの幻想的な世界観の絵画が数点飾られ、非日常の空間づくりに大きく貢献していた。


赤を基調とした、鮮やかな多色使いの装いで登場されたのは、本日のピアニスト  青柳いづみこさん。 照度を抑えたホール内がパッと華やいだ。 今回の演奏会では、曲間にいづみこさんご自身がその豊富な知識から、それぞれの曲の解説や時代背景、こぼれ話をお話してくださり、曲の世界観をより深く楽しむことができた。 最初は、クープラン:『クラヴサン曲集』からの2曲。元々はチェンバロの曲だそう。 (クラヴサンとは、フランス語でチェンバロのこと)


♪パッサカーユ 多彩な音色が楽しめる曲。澄んだ響きの中をコロコロと転がる連符がなんとも心地よい。

♪第13組曲 1曲目とは打って変わって、流れるような連符の中に1本の道がすーっと通っている印象。 この曲では、このピアノの雄弁さを感じた。物悲しさひとつをとっても、か細い嘆きから深い悲しみへと自然に段階なく移行していく繊細さがあった。 また曲全体を通して、人間の感情はシンプルなものではなく、様々な想いが折り重なっていることを感じさせる表現は見事だった。きっと、このピアノを愛してやまないいづみこさんだからこそ出来た表現なのだと思った。 この曲では、様々に表情を変える曲の中に、一本ずっと流れ続けている芯のようなものを感じた。女の一生、やがて転落していく様を描いた曲だそうだ。明るく振る舞っているように見えても奥には物言わぬ嘆きを持っている、女の性というものが垣間見えたのかもしれない。

続いては、ドビュッシーの作品。 かねてから「大好きなドビュッシーの曲をドビュッシーに大変造詣の深い、いづみこさんの演奏で聴きたい」と願っていただけに、今回のプログラムは本当に嬉しかった。

♪ドビュッシー:2つのアラベスク 絹糸のような美しさとしなやかさを持った音色。ドビュッシーの作品の持つ透明感や繊細な色彩感が見事に音として現れていた。さらに、音が水のように湧き上がる表現、深すぎない絶妙な音の深さも素晴らしかった。 私の理想であり憧れるドビュッシーの表現がそこにはあった。あぁ、なんて美しい曲なんだと幸福感に満ち溢れた。 2つ目のアラベスクでは、ドビュッシーの遊び心を感じた。この曲でもいづみこさんの転がるような音の表現は非常に美しく、心地よさを生み出していた。

後半は、ドビュッシーの『前奏曲集第1巻』から。

♪デルフの舞姫たち ルーブル美術館の彫刻にヒントを得て描かれた曲とのこと。聴いていると、まるで美術館で作品をじっくりと鑑賞しているかのような気分になった。 曲の最後は低音の深みを存分に味わえ、通常のピアノよりも低音に鍵盤が多いこのピアノの良さが十分に発揮されていた。

♪帆 低音が風を受ける帆となり、様々な風の表現が楽しめた一曲だった。

♪音と香りは夕暮れの大気に漂う 先の曲で風と感じた表現が、広がりを持った大気の表現へと変わった。空気という目に見えない同じモノを弾き分ける技術。楽譜にはどう書かれているのかわからないけれど、これもまたいづみこさんの表現の妙だと感じた。

♪亜麻色の髪の乙女 これまでにもこの曲はたくさん聴いてきたが、ここまで『亜麻色』を感じた演奏は初めてだった。とろけそうな美しさで曲は締めくくられた。

♪沈める寺 海の深さ、水圧をも感じる演奏。気品あふれるffは、力強さすら美しい。海底に静かに佇む寺がそこにはあった。ダイナミクスをふんだんに用いた演奏は、そこに至るまでに起きたであろう様々な出来事を語るかのように、ホール全体に響き渡った。おとぎ話は徐々に消えゆき、長く伸びた最後の和音は静かに沈む寺の姿を再び映し出していた。

♪ミンストレル 吟遊詩人と訳されることが多いこの曲だが、バンジョーなどを使ったアメリカ系の大衆芸人のショーな着想を得た曲とのこと。 たしかに、アメリカらしさを感じる音遊びがあったり、バンジョーをかき鳴らすような音色があったり、楽しい雰囲気が印象に残った。

本来のプログラムはここまでの予定だったそうだが、今回はサプライズが用意されていた。 たまたま掛川を訪れていたVn.ジェラール・プーレ氏が、いづみこさんの演奏会が同じ市内であることを知り連絡を取り合われたことで、急遽出演してくださることになったのだという。なんというラッキーな出来事!


♪ドビュッシー:ヴァイオリンソナタ 第一楽章 楽器同士が共演を喜んでいるように感じる、生き生きとした音の対話が繰り広げられた。 独奏ではあれだけの色彩やダイナミクスを使った表現ができるこのピアノが、いづみこさんの手で伴奏を弾くと持ち前の包容力を存分に発揮しながら、Vn.の細やかな表現を全く邪魔することなく立体的に浮き立たせていた。 嬉しいことにお二人による幸せな時間はまだ続き、アンコールとしてVn.とPf.での亜麻色の髪の乙女を演奏してくださった。 今回演奏されるのは、ドビュッシーお墨付きの編曲のものだという。 Vn.の繊細な音色が加わり、先ほどのピアノ独奏の時とは違う乙女が浮かんできた。 Vn.とPf.の溶け合った音色は、とても艷やかに美しくホールに響き渡った。



終演後、いづみこさんにお話を伺うことができた。 かねもティーカルチャーホールに置かれたバックハウスのベーゼンドルファーを深く愛してくださっていることを、言葉の端々に感じた。 低音の沈み込むような深い響きについて伺うと、それは、低音側に鍵盤の多いこのピアノだからこそ出せる倍音が生み出すものだと教えていただき、楽器への理解の深さの賜物なのだと納得した。 このホールやここでの演奏会がもつサロンのような雰囲気、お客様のあたたかさ、ピアノの魅力、全てを高く評価して下さり「素晴らしい」と言ってくださるあたたかな笑顔に、お話を聞きながらとても嬉しさを感じた。


今回もたくさんの笑顔や喜びの声がホールにあふれ、本当に幸せな時間を過ごすことができた。 『さようならバックハウスのベーゼンドルファー』と銘打ったコンサートシリーズも、残すところ、あと2回。 唯一無二の魅力を持つバックハウスのベーゼンドルファーが放つ豊潤な響きを、いつまでも忘れないように身体の隅々に染み込ませておきたいと思った、冬の午後。                                    (文:M)    

8Manako Sakai、風間陽子、他6人

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